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2013-03-12 読書感想。「ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~」 [1次元@読書感想]

うだるような暑い、夏の日の事だ。ボクはつんざくような蝉時雨と、咽せるような車の排気熱に煽られながら歩道をよたよたと歩いていた。確か授業を半ドンで終えた土曜日の昼下がりだ。ボクは家へと向かう道すがら、とある古書店の前で足を止めた。

その古書店はお洒落な帽子店と、きらびやかなブティックに挟まれて建っていた。ボクはこれまで一度もその店に興味を持つことがなかった。なぜなら道の反対側に一般書店があり、本を買う場合はいつもそこを利用していたからだ。ところが、どういうわけかその日は足を止めてしまった。店先に置かれたスチール製のワゴンが気になってしまったからかもしれない。殴り書きのような荒らしい書体で「100円均一」と張り紙のあるワゴン。その中には、まるで倒れた積み木のような乱雑さで、表紙の無い文庫本や中途半端な巻数のマンガ本が転がっていた。

なんとなくそのうちの一冊を手に取ってみる。司馬遼太郎の「城塞」だった。夏の蒸気を吸ったのか、その本は温かく、妙に柔らかな指触りだった。日に焼けて黄ばんだページを開くと、文字はかすれていた。他に何冊か手にしてみたが、どれもみな一様にくたびれていて、ボクは落胆した。新書に抱くようなトキメキは皆無だった。それでもすぐに立ち去る気にはならなかったのは(もしかしたら、掘り出し物があるかもしれない)という山っ気を持ったからだ。ポケットに潜ませた数枚の硬貨を握り締め、店内に足を踏み入れた。

店内は薄暗く、そして、僅かにカビ臭かった。狭い店内のほとんどが本棚で構成されていた。天井まで届く巨大な本棚に息を飲む。そんな店内にはボクの他にも数人の客がいた。みな無言で本棚と向き合っていた。黙々と本を物色する大人達。その真剣な表情に驚く。何が彼らをそうさせるのかとボクも本棚に顔を向ける。そこにはパラフィン紙や、仰々しいブックケースに収められている本が並んでいた。中古本のはずなのに、本棚に並ぶそれは、偉人の肖像画のような威厳と風格が漂っていた。

しばらく難解な漢字や、英語のタイトルが刻印された背表紙を眺めていると、射すような視線を感じた。店の奥にあるカウンターを見る。うずたかく積まれた買い取り本の山の間に初老の男が座っていた。老眼鏡越しにボクを睨んでいる。ボクは急に居心地の悪さを覚え、彼の視線から逃れるように本棚の影に隠れた。どうやら招かざる客らしい。異国の裏路地に迷い込んだ旅行者のような不安と、場違いなところに来てしまったという後悔が胸に宿る。もう、店を出ようかと考える。しかし、ほんの僅かではあるが、ワクワクした気持ちがあった。ポケットに潜ませた硬貨が鳴った。ボクは出口ではなく、さらに店の奥へと進んだ。

カウンターの傍にある本棚は文庫本のコーナーだった。知っている著者名もあったが、知らない著者名の方が断然多かった。ボクは「点と線」というタイトルの本を手にした。ワゴンにあった本と違って、ひんやりとした手触りだった。「点と線」は映画にもなった松本清張のミステリー小説だ。それまで、ミステリーと言えばコナンドイルしか読んだ事がなかった。それは子供向けに編集されたもので、その頃のボクには物足りなさがあった。大人向けの社会派ミステリー。父親がその内容を絶賛していたのを思い出しページをめくる。難しそうではあったが面白そうでもあった。

最終ページに鉛筆でいくつかの数字が書いてあった。多分値段だろうと見当をつける。斜線が書かれていた数字と斜線の無い数字。斜線のない数字は200だった。つまり200円。汚れも黄ばみもなく値段も申し分ない。ボクはその文庫本をカウンターに置いた。老眼鏡の男は無言だった。しかし、それまで鋭かった男の目付きがいつのまにか柔いでいた。紙袋に包まれた文庫本を抱えて店を出た。ボクは登頂に成功した登山家のような達成感と、迷宮を抜けた冒険者のような安堵感に包まれていた。歩道は相変わらず暑く、五月蠅かった。それでも家路を急ぐボクの足取りはとても軽かった。それが、とある古書店の出会いのあらましである。


・・・・・・・・・・・という夢を見ました。そう。まさかの夢オチでございます。blogで夢オチってどうなのよと自分でも思います。ほんとすみません。いや、まあ、その何というか、言い訳をさせて頂くと、まるっきり夢というわけでもなく、フィクション半分、思い出が半分といったところが実状です。「古書店」というテーマで、思うがままに書き出してみたらこんな感じになりました。さて、ここからが本題。今回の読書感想は、『ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~ 』でございます。

ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~ (メディアワークス文庫)

ビブリア古書堂の事件手帖4 ~栞子さんと二つの顔~ (メディアワークス文庫)

  • 作者: 三上 延
  • 出版社/メーカー: アスキー・メディアワークス
  • 発売日: 2013/02/22
  • メディア: 文庫


鎌倉の片隅で古書店を営む若き女店主と語り部の店員が古書にまつわる事件を解決していく。古書ミステリーとして大人気の「ビブリア古書堂の事件手帖」。1作目の発表からまだ2年程度しか経っていませんが、あれよあれよという間に大ベストセラーになり、累計300万部を突破。ついにドラマ化までしてしまいました。この本を読むと、「読書好き」でも「読書家」になった気分になれます。色々な良書の案内書としても使用できるのも美点ですね。そのドラマのキャスティングで大騒ぎになったのは記憶に新しいところ。

小説とドラマは別物なので、キャスティングについてあまりとやかく言いたくはありませんが、そもそも本作のヒロインである篠川栞子さんを実写で再現するのは無茶な話だ、というのが私の見解。というのも本作はもともとメディアワークス文庫というレーベルの「大人向け」のライトノベルです。その為、キャラ造形はヒロイン、主人公ともにあまりリアリティがありません。特に栞子さんの「おっぱい」は完全にファンタジーです。黒髪で、色白で、独り身で、文系で、スレンダーで『巨乳』の古書店店主なんて、そうそう現実にいるわけない。

いきなり脱線しましたね。さて、第4作目の感想ですが、単品としては素直に面白かったです。金持ちの館にある金庫、暗号文、怪しげなギミック。そんな古典的ミステリーを彷彿させる要素と「江戸川乱歩」にまつわる蘊蓄がほどよくブレンドされており、口当たりのよいアメリカンコーヒー的な良さがありました(褒めてます)。しかし、一方で、これまで物語全編を通して、大きな謎として鎮座していた母親がついに登場し、そのスーパーウーマンぶりを発揮する姿を見て若干不安にもなりました。主人公、あるいはヒロインが乗り越えるべき壁。つまりライバルキャラとして肉親が登場するパターンはよくあります。「美味しんぼ」の海原雄山みたいなもんですね。近しいほど愛憎が生じ、ドラマが生まれます。でもねぇ、そんなありきたりな展開は望んでいなかったんですよね正直。『ビブリア古書堂』において『クララ日記』と「母親の失踪」の組み合わせは、寂寥感と、閉鎖感と、得体の知れない恐怖感を生み出していました。それはボクが「古書店」に抱いたイメージとどことなく似ていました。しかしそのあたりの怪しげな感じが今回の一件で奇麗さっぱり消えてしまった。まるでブックオフのように。明るく朗らかな「ビブリア古書堂の事件手帖」。大人のライトノベルとしての「苦み」が薄まってしまうことが、果たして良いのか、悪いのかは今後の物語を読んで判断したいところです。
タグ:読書感想
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藍色

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by 藍色 (2015-09-15 15:25) 

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